WORLD'S HAPPYEND SUPER GARDEN Vol.3

2010.10.16

 ドイツの侵略侵攻により祖国オーストリアを亡命しながら戦地を慰問したトラップ一家のお話というのは、作品は見たことがないけれどタイトルは誰もが知っている程に有名な『サウンド・オブ・ミュージック』。その作品で世界中に広まったと思う。

 ただ、現実はこの映画ほど美しくはない。確かに、ほぼ映画どおり結婚して一家で混成合唱団を作り、慰問に地域を周り一躍有名になったまではよかったが人生は映画のようにエンドマークが出て“幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし”とはさせてくれない。

 父親が死んでからの物語が実に壮絶でかなり歯車が狂いまくっているのだ。映画でいう所のジュリー・アンドリュースが扮した養母先生は父親が死んだ事を良い事に、嫌がる子供達をそのまま無理矢理強制労働的に地域慰問を続行させた。

 それもまだ最初のうちはよかった。だが子供達も普通の人間である。次第に成長して、遊びもすれば恋もする。そこで、養母先生は次に何を考えたかというと子供達が逃げないように監禁する事にしたのである。

 もちろん幾人かの子供たちは大脱走!(この時点で映画の内容変わってます)仕方なしに逃げた何人かの穴埋めは他の合唱団からスカウトして混ぜる事にしてまた巡業。最後の方になると当初のメンバー。つまり家族は誰一人いなかったという。

 末期は自分の生い立ちを語ってそれを二束三文で売り払って生計を立てたそうだが、その自伝こそがあの映画の原作というわけで、もしこの時に養母先生がちゃんと版権に対する契約を交わしていれば現在もトラップ一家にはそれなりにお金は入っていたはずなのだが、養母先生は金銭欲よりも名声欲の強いお方だったらしく全くその手の契約を交わさなかった。

 なので映画になってトラップ一家のお話は世界に広まったが、本人たちには一向に実入りのない最悪な事態となってしまったのだ。

 そしてその名声欲をかいまみえるのにいい例がある。実は養母先生ご本人が映画に出演しているのだ。ほぼ、誰も確認出来ないと思うのだが駅のシーンの電車に乗るお客役として出ている。それもわけのわからない民族衣装を着て。

 監督のロバート・ワイズもさぞかし困った事だろうと思う。だが原作者本人の願いを聞き入れないわけにはいかない。しかし当の本人はわけのわからない格好で「出してくれ!」とせがんで来ている。だから監督としても考えたのだろう。明らかに苦肉の策として考えた後が見える程、全く判別出来ない小ささでフィルムに映っている。映画について文句を言ったという話が残っていない所を見ると、本人としては、まぁ映画に出られたという事実だけで満足だったのだろうか。よもや知る手だてもない。

 トラップ一家真実の物語。今回はまさに人生の悲喜こもごものトラップ(罠)に操られた一家のお話でした。。。